家で映画でも〜「娘・妻・母」
日本の映画監督で一番好きなのは、小津安二郎です。
どのくらい好きか、というと、何か安心した時に、
「ああよかった、あたしすっかり安心したわ。紀子さん、パン食べる?あんぱん」
と、言うくらい好き。
FC東京が2位に終わったら
「今が一番ええ時かもしれないよ」
などど言うくらい好き。
その小津が自分に撮れない映画は「浮雲」と溝口の「祇園の姉妹」だ、と言ったそうです。
「浮雲」はすごいですわねえ…
ただ、ワタクシ、いい大人のくせにというか、結構長生きしてるくせに、男女の機微にはたいそう疎いものでして、小津ほどには好きではないのです。
ちなみに溝口の「祇園の姉妹」は大好き。
前置きがまた長い。
娘・妻・母
成瀬巳喜男
1960年の制作。東宝。
「浮雲」は55年、遺作となった「乱れ雲」は67年なので、これは多作な成瀬の晩年の作品。
山の手の中流家庭を舞台に、各世代の女の姿を描いたドラマ。「新・三等重役 当るも八卦の巻の巻」の井手俊郎と、「予科練物語 紺碧の空遠く」の松山善三の共同脚本を「女が階段を上る時」の成瀬巳喜男が監督した。撮影は「羽織の大将」の安本淳。
東京、山の手の代々木上原あたり。坂西家はその住宅街にある。一家には、六〇歳になる母親あき(三益愛子)を中心に、会社では部長の長男勇一郎(森雅之)と妻の和子(高峰秀子)、その子の義郎、それにブドウ酒会社に勤める末娘の春子(団令子)が住んでいる。また商家に嫁に行った長女の早苗(原節子)が、夫、姑との仲がうまくいかず遊びに来ていた。早苗はこの里帰り中事故で夫に死なれ、毎月五千円の生活費を入れて実家に住みつくことになった。勇一郎は、家を抵当にした金で町工場をやっている和子の叔父(加東大介)に融資し、その利息を生活の足しにしていた。更に五十万円を申しこまれ、その金の用立てを早苗に頼んだ。彼女は承諾した。ある日、早苗、春子に、次男の礼二(宝田明)と妻の美枝(淡路恵子)らは甲府のブドウ園に遊んだ。案内は醸造技師の黒木(仲代達矢)、彼は早苗に好意以上のものを感じた。東京へ戻って、早苗は母の還暦祝の品物を買いに銀座へ出た。学友の菊に誘われて入ったフルーツパーラーで、彼女の知り合いという五条に(上原謙)紹介された。身だしなみのいい中年の紳士だった。
(解説とストーリー途中まで、映画.com、カッコ内の配役は筆者)
次女は草笛光子、その夫は小泉博、その母は杉村春子(登場時間は少ないけど、さすがのインパクト。怖いよう)。
登場人物がすごくて、ストーリーの途中までだと足りなかった。
何とも豪華なオールスターじゃないですか〜
成瀬の作品だとどうしても、男がダメなやつ、というイメージがあるのですが、この作品では、長男雄一郎は普通の会社勤めをしているだけマシな方です。
でも、ちゃんと…ちゃんとって変だな、やっぱりやっちまうのです。
タイトルがそうであるように、この映画の主人公は、あき(三益愛子)の娘である原節子、
長男の妻である高峰秀子、母である三益愛子、というところですが、家族一人一人の個性がきっちり描かれていて、男どもの勝手さやダメぶりも大変よろしいです。
原節子は、ここでは、小津の作品中の「もういかなきゃいけないよ」と言われる娘ではなく、婚家でうまくいかず、戻ってきたけど、それなりに自分の生き方を模索します。
若い頃はいっそう目玉ギョロギョロの仲代達矢演じるワイン技師と、良い仲になったりする。
しかもキッパリ彼をふってしまう。
彼女の恋に嘘はなかった、と思うけど、恋によって自信も備わったかもしれない。
「わたし結婚するしか能がないんですって」と言い、自嘲的な笑みを浮かべる原節子、やっぱりきれいです。
お金に無頓着で、おおらかなところは、京都の旧家のご主人と、若いワイン技師とでは、どっちが合うのだろうか、と思うけど…
この家族の中で嫁であるデコちゃんも大変そうですが、見たところ三益愛子の姑はいじわるではなく、ただ、普通に昔ながらの価値観で生きています。
嫁和子もその価値観に従って生きているようですし、最後に見せたのは彼女の覚悟なのでしょう。
この家でも、やっぱり男どもはどいつもこいつもダメで、長男勇一郎に、画面の外から、「あんた、加東大介のやるおじさんの言うことなんか聞いたらあかんがな〜」と、訴えたけど虚しく、予想通りあかんようになって、家を手放すことに。
そこで家族会議が開かれ、結局老母である三益愛子を邪魔にするような発言が出ます。
老母は、杉村春子が息子夫婦への当て付けに駆け込んだ老人ホームを思い出す…
この作品の当時、養老院→老人ホームという呼び方になったところだったらしい。そして、まだ姥捨山のように取られていたらしく、嫌味多い姑にうんざりしていた次男の嫁(教職者なのにお母さんを老人ホームに入れたなんて人聞きが悪いと)も、結局頭を下げて姑をお迎えに行く羽目に。
しかし、その際「調停」に行った三益愛子には、思ったより明るくてそんなに悪くないように見えたようです。
いわゆる戦後の価値観を、特に次男以下の兄弟は持つようになり、それでいて長男には戦前からの義務を負わせるようなエゴイズムもあり、財産分けでも、まあこれはいつでもそうかもしれないけど、兄弟であれこれごちゃつきます。
その兄弟たちのエゴに怒るのは、長女の原節子だけなのですが、母親は「あんたが一番心配だよ」と言います。
「わたしが一番親不孝なの?」と聞く原節子。
ここに、母と娘との深い愛情を感じます。
最後は一家がどうなるのか、はっきりしたことはわかりませんが、おそらく嫁のデコちゃんが「それが順序でしょう」というように、狭くても長男夫婦の家に行くのではないかしら?
そして、長女原節子は京都へ…
と、なるように思います。
こういうホームドラマともいえるものでした。
しかしそこは成瀬、女性は抗えない立場でも、生き方を探りながら魅力があり、男は困ったちゃんでした。タイトルからして女だけだもんね。
蛇足だけど、作品中にホールのイチゴショートケーキが登場します。
小津作品でも「麦秋」だったと思いますが、ショートケーキを食べる名場面があります。
どちらの作品でもケーキの値段について「高い」と言う。
どちらの作品でも原節子(のやった役)がケーキを買う。
麦秋は1951年。
1960年と9年後でもケーキはまだ高級品だったのか…
封切り当時、この映画を見た後、おばちゃんたちがカンカンガクガクになって、長男が悪いの、あんな嫁ならどうのこうの、このお宅なんかうちよりずっといいわよとか、言い合ったんだろうなあ。
今でも昼間のコーヒーショップなどでは、おばちゃんが姑や嫁の悪口に夢中だものね…(現在は密なので禁止ですが)