モタモタしているからもう先月のことになっちゃった。
9月25日、長崎外海地区を歩く。
路線バスの旅でトコトコと1時間、黒崎教会から汗をかかきかき歩いて遠藤周作文学館へ。
眼下に広がる出津地区。
真ん中少し右寄りに見えるのが出津教会堂。
遠藤周作文学館は、この出津文化村を見下ろす小高い場所にあります。


後ろに素晴らしい碧い海が広がる遠藤周作文学館。
(以上蘇我夫撮影)
遠藤周作文学館について、HPよりお借りしました。
当文学館は、これら貴重な資料を展示するとともに、遠藤文学に関わる収蔵資料の調査研究を行い、情報発信に努めています。
また、角力灘(すもうなだ)を見下ろす絶好のロケーションを楽しんでいただけるよう皆様のご来館をお待ちしています。
遠藤周作作品は学生の頃よく読んだので、懐かしく感じました。
「第3の新人」と呼ばれた作家の中では、文章はあまり上手な人ではないと思うけど、母親への愛憎とコンプレックスと信仰の葛藤から、もがきながら書いた作品群は今も色あせず、スコセッシ監督の「沈黙」映画化でさらに若い読者が増えれば良いと思います。
文学館の隣に道の駅「夕陽が丘そとめ」があり、そこで「ドロさまそうめん」を購入。
道の駅内のカフェで「ドロさまパスタ」を昼食に。
路線バスで「出津文化村」へ。
出津文化村の入り口にある「沈黙」の石碑。

「人間がこんなに哀しいのに、主よ海があまりに碧いのです」
下には、本当に碧い海が広がっています。
冒頭の写真にあるように、教会堂の塔が見えるのだけど、例によって狭い坂道がくねくねしていて、アップダウンを繰り返してたどり着く。
この出津教会と大野教会などの見学希望者は、潜伏クリスチャン遺産インフォメーションセンターに事前連絡が必要です。
ネットで連絡しておいたら、会堂の前で教会守の人が待っていて下って、御堂内で説明して下さいました。
ド・ロ神父の来日にあたってご両親がかなり多くの私財を持たせたこと、さらに塔の上のキリスト像など数々のものををフランスから取りよせたこと、貧しい村の自立のためにマカロニ工場や女性の自立のための救助院などを建てたことなど、この地区におおきな功績を残して、今も敬愛を集めていることなどをお聞きしました。

(以上ワタクシ撮影)
(長崎旅ネットより)



屋根に黒く四角い模様があり、モダンな感じがしますが、デザインではなく、強風が吹く地域なので、漆喰で飛ばないようにした部分が模様のようになったらしいです。
あら、わたしが写ってる・・・

白い漆喰の壁と黒っぽい屋根が美しい会堂です。
今も何百人も信者さんがいらっしゃる(確か400人と聞いたけど忘れた)、地域に生きている教会です。

ド・ロ神父記念館。
ド・ロ神父が貧しい人々の救済のために1885(明治18)年に建て、鰯網工場や学校などに利用されてきたところ。現在は、神父の足跡をたどる所縁の品々を展示。
そこにド・ロ神父の出自とか学歴とかもカタカナで書かれていて、とても興味深い文献でした。
この記念館の受付の人によると、外海は夕日がすばらしいのだそうです。
特に秋から冬、地元の人が毎日でも感動するくらい美しいのですって。
見たい~けど、長崎駅に戻るバスは最終が4時台。残念。


こちらは月曜日休館ではいれなかった旧出津救助院。

(以上ワタクシ撮影)
救助院と、手前にマカロニ工場跡。
また出津文化村バス停からバスに乗って、大野教会へ。

大野教会へ向かう石段。(蘇我夫撮影)
この教会も石段をいくつもいくつも登らなくてはならない場所にあります。
どの教会へ行くのもシンドイ。

大野教会に近づくと、黄色い彼岸花が咲いていました。(私撮影)
この地方には、黄色、オレンジ、白の彼岸花があちこちに咲いていて、とてもきれいでした。

大野教会会堂が見えてきた。

マリアさまが会堂の方を見つめていらっしゃる。



たくさん飛んでいた黒いアゲハチョウ。
調べたら、モンキアゲハのようです。どこが紋黄なのかなあ・・・
とても大きなゴージャスな蝶々。東京ではあまり見ないと思うけど、このあたりではしきりに飛び交っていました。

夕刻の近づく角力灘。
夕日をみたいけど、時間なのでバスに乗って長崎駅へ。
大野教会の写真は全部蘇我夫が撮りました。
わたしは立川のソフトバンクが無愛想な電話をかけてきて、応対してた・・・便利なことは時につまらない用事から逃れられなくなること。
素晴らしい景色と苦難の歴史の残酷な対比を見ながら、ド・ロ神父の跡をたどる外海さるきでした。