京阪ひとり旅 京都一乗寺編その3

訪れる人もまばらなこのエントリーですが、一応備忘録なのでこれにて締めくくります。

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京都一乗寺、青もみじを愛でる散策も終わりに近づいてきました。
近くに修学院離宮があるのですが、ここは予約が必要なので、わたしのように急に思いついて来た者は見学できません。
それにその日のうちに東京に帰りたかったので、曼珠院をもって、散策はおしまい。
一乗寺の駅から、ずっと趣ある家並を見ながら歩き、曼殊院に着くとちょうどお昼。
門前の茶店門跡そばを食す。
ちょっと高いけど、趣があって楽しく食べました。
写真は、グルメ編を作って載せる予定です。

曼殊院は参道からアカシア、カエデが美しく、門前も木立に囲まれて、気持ちよく歩けます。
もとは8世紀、伝教大師が草創したものが、江戸初期良尚法親王の時、一乗寺に移ってきたそうで、大きくはありませんが、宮家ゆかりのお寺らしい風格があります。宮家の供宴用の台所も公開されて、古い調理具と、当時の献立表に興味をひかれました。
特にご飯に焼き物、まつたけがふんだんに使われている献立!
昔はこのあたりでいっぱい取れたのでしょう・・・うらやましい・・・

お庭は小堀遠州好みの枯山水で、白砂と赤いサツキの花の取り合わせがきれいでした。
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しかし、もともとお寺にも庭園にも造詣が深いわけではなく、ただ紅葉の名所で
青もみじを見たいと思っただけの散策ですから、いかに趣深いお庭でも
いくつも見ると、どれがどれだか・・・
どれも大変よろしゅうございました、ということで終わります。

曼殊院まで見て、マイナスイオンもたっぷり浴びたし、すっかり満足。
しかし、ここで重大なミスに気がつきました!
詩仙堂の近くの雲母坂にある、きらら漬けをおみやに買おうと思っていたのに、
忘れてスルーしてしまった・・・
京都祇園で都路理パフェも食べる予定なので時間が厳しい。
でも、このお漬け物はここでしか買えないのです。

初夏の紫外線を浴びながら、早歩きで詩仙堂に戻り、きらら漬けの店を探す。
古い京都の田舎家でした。
のれんの中をのぞくと、歯の抜けた典型的なおじいさまが手招きしています。
「いらっしゃい。お入りお入り」言われるままに入って、茄子の味噌漬けを試食。
おいしい。ちょっと甘めの白味噌に、小茄子の風味が合います。
「これはな、味噌がうまい。」とおじいさま一言。
キュウリも試食。
「これはな、歯ごたえがええ」おっしゃるとおり、こりこりと良い歯ごたえ。
「ネエサン、あんたどこから来はった?」「東京です」
「ほう。東京か」「東京と言っても田舎ですけど」(飛田給、とは言わなかった}
「田舎?ほしたら、青梅か?」「いえ、もうちょっと街で」「ほな、立川か」
「あら、よくご存じですね。ええ、そのあたりです」
「な~んでもしってるがな。立川言うたら、立川高校やな。京大にもようきとったわ」
などと、おじいさまの会話は続く。
「ほんで、どれだけ持っていきはる?」
「茄子2つときゅうり1つ頂きます」
「そうか。ほしたら、向こうへ行ってな、あの売り場とかいたあるとこで、今と同じこと言うて。」
って、手間がかかること。みると、隣の部屋で娘さんかお孫さんのような人が売っているのでした。
そこで「今と同じこと」を言って、買ったのがきらら漬け。
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小茄子の白味噌漬けです。
うまい!
ご飯がおいしい!
もっと買っとくんだった・・・でも意外と賞味期限が短くて、たくさん買えなかったのです。
また京都へ行ったときの楽しみに・・・でもこれは京都でも一乗寺に行かないとありません。
お土産の醍醐味です。

他にも甘い物を食べたり、買ったり。
それは、グルメ編で。

ところで、きらら漬けのおじいさまの京都言葉、聞き取りにくかったのと、わたしが中途半端な大阪育ちであるせいで、うまく再現できていません。ほんとうはとてもすてきな言葉遣いだったのですが・・・残念。