読んだ本〜「椿井文書」日本最大級の偽文書。

日々読書力が激しく加速度的に落ちていまして、情けないことです。

読解力って脳の老化が最も顕著に現れるのではないでしょうか。

大体読めても記憶ができないんですわ、小説だとなんとかなりますが、例えば「オランダの歴史」など読んでも、続々とややこしい名前の人が出てくるので、非常に苦戦しました。

クライフやロッベンくらい単純な名前ならいいのに〜

 

せっかく読んでも読んだそばから忘れてしまうので、一応備忘録です。

 

「椿井文書ー日本最大級の偽文書」

馬部隆弘著

 

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この本はマスコミでも取り上げられていたから、結構売れているのではないでしょうか。

偽書とか偽作、古今東西に絶えないのはなぜなのか?

以前読んだ「フェルメールになれなかった男」(フランク・ウィン著)も小説より奇なり、の面白さでした。ファン・メーヘレンという画家がフェルメールの偽作を描き、なんとナチスの高官に絶賛され買い取られる…戦後ナチスの強奪した絵画を調べる過程で、その偽フェルメールがバレる、その経緯も面白かった。

「椿井文書」の方は、何か著名な筆者の偽作というのではなく、ありもしないもののでっち上げ、というとちょっと言い過ぎ、ちょっとだけ事実にも則してまことしやかに作り上げた、古文書の類です。

山城国相楽郡椿井村(京都府木津川市)出身の椿井正隆(1770〜1837)が作った膨大な数(数百点)の偽文書を「椿井文書」と言います。

この本ではその概要から、偽文書が作成された経緯、作成の技術、どのように流布していったか、その文書が受け入れられる背景にある思想、椿井文書の与えた影響、椿井文書の研究、偽史とどう向き合うか、という内容が書かれています。

特に「興福寺官務牒疏」は、現代に至るまで正当な文献資料として用いられてきたそうです。

わたしは歴史学を専門に学んだことはないけど、文献批判のマネゴトは少しばかりかじったことがあるから、先達に正当な資料だと言われれば、それを無批判に受け入れるだろうことは想像できます。

先入観なしに歴史資料を読み返すことが、大変重要であり難しいのだと思いました。

 

この椿井正隆という人は、おそらくこういう文書を書くのが大好きで、楽しんでいたようですし、当時はうちにも一つよろしく、なんて依頼もあったようで、偽系図なども拵えています。

彼の巧みなところは、真っ赤っかな嘘ではなく、以前の文書にあったことを引きながら、都合よく拵える。

近隣のちょっとした名家の人々は、箔付のために「かくあってほしい」というものを喜んで受け入れ、それがまことしやかを通り越して、真実として受け継がれてしまいます。

当然ながらうちみたいなう〜んと庶民は元から箔付などしたくてもできないので、椿井文書のニーズは、近畿地方の名家、それも物凄い名家(そういう家には本物の系図や古文書がある)ではなく、ちょっとした村の名家、ということになります。

もう一つ椿井文書を受け入れたのは神社で、椿井文書に先立つ並河誠所の「五畿内誌」で式内社を比定しようとしたことが背景にあるそうです。江戸後期の国学の機運と一致した動きで、延喜式の時代から時が経って曖昧になっていた神社の格を、ざっくり言えば決めてしまおうとした。式内社に比定されるのがそんなに大事なのか、わたしにはさっぱりわかりませんが、そのために五畿内誌が典拠としたような偽文書を椿井はこしらえたのだそうです。

五畿内誌」も相当に怪しい文書のようで、なんか珍しい石を王仁の墓と決めてしまって、それがいまだに自治体でも認められているので、著者によって批判されています。

試しに枚方市のHPを見てみたら、王仁の墓の箇所は削除されているようです。つい最近までは枚方市の名所として載っていたそうですが。

せっかくの日韓友好、文化交流の記念として王仁の墓を祀っていたのですが、それが根拠なしということになってしまいました。

椿井はその「五畿内誌」にうまく乗っかった形で、式内社の証拠となるべき古文書を拵えたということです。

 

枚方市だけでなく、椿井文書の地図を大きなモニュメントにした自治体もあり、今や困っているだろうなと思います。

 

本書では椿井正隆、あるいは流布させた息子が何某かの報酬は受け取っただろうという文言はありますが、それについてははっきりとした資料はないようです。

椿井正隆自身は、特に趣向を凝らした地図など、好きでなきゃやらないだろうなと思われます。ついでにお金になれば、趣味(というには凝りすぎだけど)と実益だったのでしょうか。

 

そして、人は、見たいものしかなかなか見えないのでしょう。

わたしのようなへっぽこが写真を撮ると、きれいな桜を撮ったつもりが、取り込んでみたら電線が横切っていた、なんてことがあります。桜しか見ていないのね。

かくあってほしい、という要求に答えて作られた椿井文書が、そのまま自治体の正史として受け継がれてしまったと。

なんかちょっと怪しいんじゃないの、と目をつけた学者は戦前にもいたそうですが、戦争を挟んでその学問が途切れてしまったそうです。

新たに近畿周辺にいまだに正史とされていた椿井文書に触れ、その膨大な偽文書の全貌に鋭く迫った著者には感銘を受けました。

 

こんなひと騒がせな偽文書を書きまくり作りまくった椿井正隆という人が、どんな性格でどんな生活をしていたのか、興味が膨らみます。

ファン・メーヘレンと同じく多かれ少なかれ虚栄心はあったのだろうと思いますが、誰かドラマにでもしてくれないかしら?

このドラマはフィクションです、はお忘れなく。