こんな時は家で映画でも〜「その土曜日7時58分」
映画には、後味の悪〜い、見なかったらよかった…と思ってしまうようなものが、たまにあります。
割と最近では、アンドレイ・ズビャギンツェフの「ラブレス」という映画。これはレヴューを書くきも起きず、二度と見たくない作品でした。
そういう感想を持つということは、それは駄作か、というとそうとは限らず、「ラブレス」も思い出したくないけど、良くできた映画だったのだろうと思います。
今回の映画もそういうタイプ。
「その土曜日7時58分」
シドニー・ルメット監督の遺作。
原題は
Before the Devil Knows You're Dead
文字通りだとすると、悪魔が知る前にとっとと天国へ行っちゃえ、みたいな原題から、よくこの邦題を思いついたものです。
でも、「犯行時間」を起点にした構成なので、このタイトルも悪くないと思います。
2007年の制作。
シドニー・ルメットは、2011年に亡くなりました。
映画.comの解説では、
「十二人の怒れる男」「狼たちの午後」の名匠シドニー・ルメットの監督45作目。優雅な暮らしを送る会計士のアンディは、娘の養育費に窮している弟ハンクに、両親が営む宝石店への強盗計画を持ちかけ、2人は計画を実行に移すが……。1つの誤算から家族の抱える闇が浮き彫りになっていくサスペンス・ドラマ。「カポーティ」のフィリップ・シーモア・ホフマンが自らの不正の発覚に怯える兄を、「ガタカ」のイーサン・ホークが甲斐性のない弱気な弟を演じている。
冒頭から、ありゃま良い子は見ちゃいけません、というシーンで始まり、夫婦円満の話かしら、と思ったら、そんなことは金輪際なく、むしろすでに壊れていた夫婦でした。
兄アンディと弟ハンク、アンディの妻ジニー(マリサ・トメイ)、ハンクの元妻、アンディとハンクの父親(アルバート・フィニー)、犯罪映画の体裁をとっていますが、この家族が崩壊していく話でした。
特に兄弟が、自らの所業によるのだけど、ジワジワ追い詰められていく感じが、よく描けていて、非常に不快な圧迫感があります。
「逆わらしべ長者」と呼びたい映画はいくつかあるのですが、これもその一つと言えなくもない。
わたしが見た中での「逆わらしべ長者」映画NO.1は、「フォーリング・ダウン」というマイケル・ダグラス主演の作品です。
これは題名通り、偶発的なことも重なっていて、見事に落っこちていくのですが、アンディとハンク兄弟のそれは、偶然が作用するのは、母親のことだけです。が、この偶然が、一家をめちゃくちゃにしてしまいます。
だからって、計画通りだったらどうだったか、結局ろくなことにならないでしょうけど。
兄アンディの考えた計画通りならば、誰も殺さずに父親の宝石店から大枚とブツを盗んで、金欠の窮地を脱したはずででした。
しかし、まず実行犯であるはずの弟がびびって、そういう強盗向きの知り合いを雇って、代わりに犯行に及ばせたところから、もう計画に狂いが生じます。
しかし邦題にある犯行時間、店にいたのは雇いのおばあさんではなく、母親でした。
この母親がアメリカの母親らしく?果敢に銃で応戦したおかげで、弟ハンクの代わりの強盗は、彼女を撃って致命傷を与えてしまいます。
結局母親は亡くなってしまいますが、父親は息子たちが犯人だとは無論思わず、車で逃げた犯人(ハンク)への復讐を誓います。
兄弟の焦ること…
この高級住宅街に宝石店を構える父親も、盗品を捌いているような古物商と古い知り合いだったことから、以前はヤバい商売をして儲けていたのか、とわかります。
アンディが愚かにも、まだ犯行に及ぶ前に、この古物商にこれからいい商売させるからよろしくな、なんてことを言いに来たことから、父親はこの事件にアンディが絡んでいることを知ります。
母親の葬儀の折に、父親はアンディに「お前に自分の期待を押し付けて、悪かった、悪い父親だった」というような謝罪の言葉を述べるのですが、アンディは父親を本当に許したのか、わかりません。ただ「それでも親父はハンクの方が可愛いんだろう」というのは、本音でしょう。父子の会話らしい会話はこの場面くらいです。
両親に溺愛されたらしい弟ハンクは、この一家で一番情けなく、結果論だとしても、一番悪いヤツでした。
何しろ、兄嫁と毎週木曜日に会って浮気の相手をしていたし、この事件も、考えた大本は兄なので、兄が悪いのだけど、ハンクが事件を必要以上にややこしくしたことも確か。進退極まって、必ず誰かに頼る、時にはその兄嫁に頼ったり、もうどうしようもないヤツ。
しかも、まさに骨肉相食む展開になった中、彼は少なくとも作品中では逃げおおせてしまう。
父親は、結局長男殺しの罪を犯す。
この辺の展開、ふーん、アメリカ映画でもこうなるのか…わたしには予想外の展開…
母親殺しの復讐なのか、自らの手で息子の罪の精算をしたのか、どうなのでしょう。
いずれにしても、やりきれない話でした。
シドニー・ルメットの長い映画生涯の中で、実はそんなに好きな作品がないことに気が付きました…
しかし、「十二人の怒れる男たち」は映画史に残る作品でしょうし、そこから半世紀、人間の所業、社会の歪みや痛みに目を向け続けていたことは、やはりすごい監督だと思います。